経済・政治・国際

2016年10月27日 (木)

憲法問題は前文こそ重要

 太平洋戦争に敗れてから71年、太平洋戦争を始めてからは74年経過した。いま74歳以下の人は、全く戦争を知らない人たちという事になる。現在、75歳以上の国会議員何人いるのだろうか? 戦争を知らない、戦争を体験したことも無い国会議員がほとんどだろう。そういった国会議員が「軽々に憲法問題を論議してもよいのだろうか?」という疑問が湧いた。私は、憲法改定には賛成だ。しかし、改正とは俄かに賛成しかねる。

 自民党は、かねてより「マッカーサーGHQに押し付けられた憲法だ」と言ってはいたが、長い間なぜか放置し続けていた。当時、野党になった自民党は、よほど暇だったのか「日本国憲法改正草案」なるものを出してきた。

 改憲議論の中心は、やはり第9条なのだろう。その他、誰の差し金か知らないが、立憲主義に反するような国民の義務を忍び込ませている。それにしても、事あるごとに「占領軍の手によって作られた」と言うから、「大幅に変えたのか?」と思ったら、現代仮名遣いに直したのを除けば、殆ど同じなのはどうしてなのか、疑問に思う。報道によれば、この自民党改憲草案は棚上げになったと聞くが「いつの間にか棚から落ちていた」とも限らないから注意が必要だ。

 改憲論議は、与野党対立の構図になっているが、そもそも与野党を超えた議論であるべきことは言うまでも無い。ともすると、議論の中心は第9条になると思うが、私はそれにも増して重要なのは‟憲法前文”だと思う。この前文こそ憲法の理念を説いているものである。事実、自民党の草案も、本文というか条文は殆どそのままだが、前文は現行のものから一新され、理念はガラリと異なったものになっている。以下に、現行の前文と自民党草案の前文の概略を比較してみる。

 現行の前文は「政府の行為によって再び戦争の惨禍が起きることのないようにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する」とある。すなわちわが国の憲法は主権在民が根本で、政府に主権はないことをハッキリ示している。対して自民党草案は「国民主権の下、立法、行政及び司法の三権分立に基づいて統治される」とある。一応、国民主権の下とは書いてあるが、主語は立法、行政、司法のようだ。しかも、三権に基づいて統治されるのは国民ではないか。統治されるとは三権によって国民が支配されるとも読み取れるから、戦前の統治機構に逆戻りである。

さらに現行草案は「そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであって、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。これは人類普遍の原理であり、この憲法は、かかる原理に基づくものである。われらは、これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する」とある。すなわち、国政は国民の信託によって行われ、福利は三権ではなく国民が享受する。そして、これに反する一切の憲法、法令などは認めないとする、国民にとって極めて重要な文言である。これに対して自民党草案は、三権を縛るような文言を一切排除している。すなわち「日本国民は、国と郷土を誇りと気概を持って自ら守り、基本的人権を尊重するとともに、和を尊び、家族や社会全体が互いに助け合って国家を形成する」という。これを読むと当然のような気もするが、いつの間にか三権の義務が抜け落ち、国民の義務に代わっている。ここに自民党の狡賢さが垣間見える。特に「国と郷土を誇りと気概を持って自ら守り…」とあるが意味不明だ。誇りと気概で国や郷土を国民に守れというのだろうか。

 憲法改定は三つのことを守って欲しい。第一は、立憲主義を貫くこと。第二は、「新しい判断、新しい解釈」と言われないような緻密な条文にすること。間違っても内閣法制局長官などに解釈を求めることの無いように、誰が読んでも納得のいく条文であるべきだ。第三に、第9条の改定については、これからのわが国の行く末を決める重要な問題であるだけに、若い人の意見も取り入れて貰いたい。

 私は、敗戦時10歳。集団疎開で焼夷弾の空襲を受け、物凄く怖い思いをしたことを今でもハッキリと覚えている。「戦争を知らずして平和を語れない」とは言うものの、実際に改憲論議をする人は殆どが戦争を知らない人なので、正直なところ一抹の不安がある。安倍自民党も、姑息な手段を取らずに、国民的議論を巻き起こすように期待したい。

 さて、私事で恐縮ですが、このところ健康面ですぐれず、しばらくの間休稿したいと思います。ただ、身体の具合がいい時で、何かを書きたい意欲が湧いたならばブログの更新をしたいと思います。ありがとうございました。

 

2016年10月11日 (火)

いまこそ異次元の預金金利大幅引上げを

 株価だけは無条件に高い方がいい。何故なら、年金が株式頼みになってしまったからだ。年金の株式運用が増え、5兆円超の赤字が出ても、運用機構の幹部たちは責任も取らず、高額の報酬を減らすこともしないでいる。安倍政権では、成果主義、実績主義で報酬を決めようとしていたのではないか? 我々国民は、ただ指をくわえて見ているしかない。国民に、これに対する対抗策はない。

 異次元と称して為替市場に大量の資金を放出し、株式市場では大量の株式(ETFなどの投資信託)を買い付けている。市場価格があるものを、人為的に操作することは法令違反であり、厳に慎まなければならない。それを安倍政権なら許されることではあるまい。閣僚も金融庁も、法令違反を指摘したということは聞かない。

 そうは言うものの、現在の株価は、為替操作による円安誘導と、大引け前のETF買いによって支えられているので、年金生活者が声を大にして反対しにくい。

 安倍首相は、盛んに「アベノミクスが着々と成果を上げている」と力説している。しかし、彼が本当に経済を知っているのか?という疑問が湧く。景気は‟気”だから、国民に景気が良くなるという実感が無くても、景気が良くなるという‟予感”を与えてくれればよい。安倍首相や黒田日銀総裁がいくら「景気は着実に回復しつつある」と言われても、国民は額面通り受け止める訳がない。そんなに国民は甘くない。キチント現実を見つめているし、思惑通りにはいかない。

 大体、物価の2%上昇を多くの国民が望んでいるのだろうか? 老人も若者も「物価は安い方がいい」という人間も多い。円安も輸出大企業は歓迎だが、輸入業者や個人は安く物が買えなくなると反対だ。

 マイナス金利と聞いて国民はどう思うか? ポジティブ思考にはなれない。完全にネガティブ思考だろう。これも景気の‟気”を冷やしている。もし異次元と言うのであれば、日銀にマイナス分を吸い上げられるより、預金金利だけを大幅に引き上げれば、景気低迷からボトムアップ出来るだろう。国民には意味不明のマイナス金利やアベノミクスより、もっと分り易い金融政策を期待したいものだ。

2016年10月 4日 (火)

都議会議員に問う

 都議会議員に問いたい。あなた方都議会議員は、都民の代表と思っているのか? 都民に対して何ら役に立たない都議会は、都民の代表とは言い難い。もし、都民の代表だと思っているのならば「お前ら議員は都民のために何をしてきたのか? 石原、猪瀬、舛添の作家上がりの無能で単なるカネ喰い虫だった三知事に、如何なる態度・行動をとってきたのか?」 私にはゴキブリ同然としか思えない。

 知事と議会の二元制度というけれど、有能な知事さえいれば、これまでの姿勢の都議会議員は、全く不要である。都民の都議会議員に対する見方は、存在価値ゼロである。必要な時、必要な行動をとることの出来ない議員、彼らは与野党問わず無用の長物だ。

 一番ガッカリしたことは、都議会が開催された日、まさかという光景が目に入った。例の国会での行事である「ギチョー……!」というヤツである。「恥を知れ!」と言いたい。これまで、テレビで国会のバカなやり方を見て、苦々しく思っていたが、まさか都議会までが同じことをしているとは考えもしなかった。あれが格好いいと思っているのか? 都議会には、見識を持った議員はいないのか? 全国一報酬が高いのに、議会開催日数は全国一少ないそうだ。

 都議会の議員、特に自民党の都議たちの当選獲得投票数合計が、小池知事ひとりの獲得数291万票の足元にも及ばないだろう。2万票以上獲った議員が何人いるのか、胸に手を当てて反省すべきだ。あのドンと言われた内田茂は、わずか8449票だ。それをドンとして崇めていること自体噴飯ものだし、二元性とはおこがましい。投票率を見ても、都民が都議についてアタマの隅にもないことが分かる。二元性を云々するより、何故そうなのかという事を自覚する方が先だろう。

 国際ボート連盟のロラン会長が来日し、‟海の森水上競技場”が「ベストチョイスだ」と発言した。さらに「会場を宮城に変更するとは聞いていない。相談もなかった」と不快感を表したという。オリンピックの元ボート日本代表だった友人は「ボート競技は風と海水を嫌う」と教えてくれた。ところが、現在工事中の‟海の森水上競技場”の完成図には、風力発電のポールが見える。ということは、風の弱いところに風力発電を設置するはずがない。風の強いところだ。これは、以前から分かっていたことではないか。それなのに、ここに決定されたされたのは、どの様な力が働いたのだろうか?

 ロラン会長は「レガシィ(遺産)になる」と言っているが、ボートの元金メダリストとは思えない発言だ。ひょっとすると、組織委員会の誰かに言わされたのでは? と勘繰りたくなる。負の遺産になることは、最初から分かっているのに解せない決定だ。オリ・パラで赤字が出た場合、都が全部尻拭いしなければならないそうだ。その金額は、約1兆円にのぼるという。都民でもない国際ボート連盟の会長にガタガタ言われたくない。

2016年9月30日 (金)

森喜朗に会長の資質があるか?

 森喜朗という名前を聞いて「あのインチキ男が…またか?!」という感じがフツフツと湧いてきた。元首相で、オリンピック・パラリンピックの組織委員会会長である。

 何故か? 森喜朗が小渕元首相急逝の際、誰も知らない、誰も聞いていないのに「小渕氏から後継を指名された」という事件である。その後、強引に首相になったが、非常に後味の悪い出来事だった。

 今回の組織委員会会長就任の場合はどうか? 今回も、その経緯は不透明であり、魑魅魍魎(チミモウリョウ=怪物や化け物の世界)である。小渕元首相急逝の時と同じ展開だ。聞くところによると、会長就任は猪瀬元知事が辞任した後で、舛添元知事が就任する前、すなわち知事不在の空間を狙って、都民や国民が知らない間に決まっている。

 この男の考え方は、オリンピックの設備をカネに糸目をつけず、立派なものにしたいようだ。立派な設備にすればするほど利権が発生する。森喜朗自身のカネなら文句は言えないが、その資金は殆どが都民の税金であり、国民の税金だということを忘れているのではないか? もし忘れていないのであれば、これほど都民や国民をバカにした話はない。

 見栄っ張りなのか、オリンピック利権の確保なのか分からないが、彼の発言は都民や国民に理解を得ようとする態度がみじんもない。ましてや、「文句があるなら東京都の出資金57億円を返済する」との発言は、委員会をを私物化しているのと同じである。情報開示もなく、利権まみれ、疑問符だらけのオリ・パラから東京都は辞退したほうがいい。これは、森喜朗の資質の問題だ。経営センスがなく、経営責任を負う気概の無い森喜朗は、会長の資格はない。

 最近、政治評論家の小池知事に対する批判発言が目立つが、誰から頼まれ、あのような批判発言になるのか気になるところだ。でも、雑音に惑わされず、思う存分辣腕を振るってほしい。そう、あのマーガレット・サッチャー英国元首相のように…。彼女は、行政指導など法律を伴わない官僚の裁量権を悉く排し、英国病を見事に克服させた名宰相として知られている。私も都民のひとりとして、小池知事に期待する。

それにしても、自民党東京都連は何をしているのだろうか? 疑惑まみれの自民党は、豊洲、五輪と問題山積にも拘らず、何ら弁明もなく発言もない。無責任すぎないか?

2016年9月23日 (金)

無責任な都庁と都議会を洗浄しろ!

 連日、テレビは豊洲問題について報じている。でも明らかになるのは少しずつ。都庁職員と都議会議員の無責任体質は誰もが認めることとなった。

 石原元知事にしても青山元市場長にしても「報告を受けていない。知らなかった」と平社員のような返答ばかり。そこには、石原慎太郎が好んで使いそうな‟ノブレス・オブリージュ(Noblesse oblige)、すなわち‟高貴な者の義務”のカケラもない。責任回避する発言ばかりで、自らの責任を、下に下にへ持っていこうとする魂胆が見え見えだ。

 知事はおろか現場の責任者である市場長でさえ、一度も現場に行っていないとは、まさしく無責任体質が集まった無責任体制である。都民に対する裏切りである。以前も書いたが、東京地検特捜部にお出ましを願った方がいい。

 一方、都議会は何をしていたのか? 6,000億円にのぼる豊洲市場移転のビッグ・プロジェクトでありながら、どのようなチェック機能を果たしたのか? 何の機能も果たしていない。

 都議会議員は、与党野党を問わず、都民に代わって都政を監視する義務がある。議会がキチンとチェックしていたならば、今日のようなぶざまな状態にはならなかったはずだ。これだけ問題が拡大しても、議会は動いていない。特に、最大与党の自民党は音無しの構え。無責任すぎる。あのでかい面をした自民党のドン・内田茂はどうした。 ‟人の噂も75日”とばかりダンマリを決め込むのか? 

 大体「都議会議員は都民の代表」というのはおこがましい。こんな無責任な議員を、我々の代表と呼ばせる訳にはいかない。誰ひとりテレビなどで説明をしていない。

 一方、野党もチンピラ議員が連日テレビに出まくり、顔を売ろうとする魂胆は見え見えである。自民党を除く各党は、水たまりに大勢入って、その毒性発見を競っているようだが、何で毒性発表は各党ひとつだけなのか? 複数出てもおかしくないのに…。

 土地の浄化も重要だが、その前にしなければならないことがある。それは、都庁の毒性役職員と都議会の毒性議員をキレイに洗浄することである。

2016年9月17日 (土)

部下に責任転嫁した石原慎太郎

 9月13日に「まだまだ顔を見せない奴がいる」という題で、当ブログに投稿した。徐々に明らかになってきたが、あの石原慎太郎も、責任回避一辺倒の会見ながら姿が見えてきた。ただ、今回の豊洲汚染土壌を東京都に売却した東京ガスが、何のコメントをしていない。都庁も都議会も、マスメディアも何故東京ガスの責任を追及しないのだろうか。皆、そこを避けているようだ。

 一番知りたいことは、東京ガスが汚染土壌を都に隠して売却したのか?あるいは、都が納得して汚染土壌を購入したのか?という点である。もし、都が知っていて購入したのであれば、この豊洲の土地の通常価格はいくらで、汚染されているからどの程度ダンピングで購入したのか?という点である。土地売却は、必ず売買契約書があるはずだから、分からないはずは無かろう。この点を都議会やメディアが何故追及しないのだろうか。都庁は公開すべきである。こういう汚職まがいの事件は、党が別々に調べることはなかろう。それこそ、都議会が協力して特別委員会を設置して、徹底調査を図るべきだ。もし政治家や都職員が、その調査を妨害するものがあれば、すぐにその旨を公開すればよい。

 石原慎太郎の自宅玄関先での囲み取材で、大きな声で「知らん!」と怒っていた姿は、築地市場協会の伊藤裕康という会長の「冗談じゃないよ、一体どうしてくれるんだ!」という姿とオーバーラップした。男の中には、私もそうだが、本質を突かれて返答に詰まると、大きな声を出す生き物だ。特に、後期高齢者になると、この傾向が顕著になる。つまり、ボケや痴呆特有な症状である。地下空間設置について石原慎太郎は「聞いていません! ボクは騙されたんです。やっぱり、都の役人は腐敗してるね」だと…。当たり前だ。高給を貰いながら、周りが注意できないことをいいことに、月に数回しか登庁しなければ、部下も知事を見習って腐敗する。

 元知事は「地下空間は、下の者から聞いた。市場長だと思う。私は素人だから、そんな指示をするはずがない」と述べている。知事でありながら指示をしないし、決断も出来ないとは、この無責任知事あれば無責任都職員ありだ。こうして都はますます伏魔殿と化する。ところが石原知事時代の定例記者会見のビデオが存在した。曰く「日大の先生は、コンクリートの箱みたいなものを埋め込む方が、コストも安い。私の言っていることが下にキチンと伝わっているかどうかだ」と言っている。これで、部下が言ったのではなく、知事が自分自身で述べたことがビデオでハッキリ証明された。だが、テレビ各局は何を思ったか、ほとんどの局が、知事と市場長の対立の構図として報道している。すなわち、真実の追求より視聴率の追求である。キー局は、メディアの使命を自ら放棄している。もし追及が出来ないのであれば、週刊文春にお願いした方がいいかも知れない。それにしても都庁は、統治機能皆無だから新知事は苦労が絶えないだろう。

 最後に、先日テレビ(TBS?)で都庁OBで、中央大学の佐々木という教授がコメンテーターとして出演し「豊洲市場は、一般会計ではないから税金は1円も使ってはいません。組合員の手数料です」と言っていたが、大本は都民の税金である。もし、税金の投入無しに数千億円を手数料で賄えるのであれば、そんな暴利を貪れるのは、どんな仕組みなのか聞きたいものだ。

2016年9月13日 (火)

まだまだ顔を見せない奴がいる

 何故、汚染されている土地を、都が東京ガスから購入したのか? 豊洲移転問題はここから始まっている。購入時に東京都は汚染土壌だと知っていたのか? 東京ガスは口を拭って都に売りつけたのか? この時の都知事は誰か? 都知事が土地購入に関わっていたのか、いないのか? Wikipediaによると、この土地は土壌中に環境基準を超えるベンゼン、シアン、鉛、ヒ素、六価クロム、水銀等の恐ろしい有害物質が残存していたという。 この土地を都はいくらで購入したのか? 汚染土壌として買ったのであれば、いくらで購入し、食の安全を二の次に、これを築地市場の移転先に決めることを主導したのは誰か? もし知らないで購入したとすれば、東京ガスに損害賠償の請求をしたのか? だが請求したという話は聞かない。

 連日のテレビ報道をみると、見れば見るほど犯罪である。政治家(口利き、利権)、都庁(土地購入者、施主)、建設関連企業、入居者(水産・青果物関係団体等)の4社と東京ガスが力を合わせないと、これだけの詐欺的犯罪は起きないだろう。ここにも政・官・業がタッグを組んでいる。

 ここにきて、小池都知事にそれを調査解明するのは難しいだろう。周りは敵だらけ、誰が味方かも分からず、その責を負わせるには大きすぎる。テレビでは連日同じことばかり。石原慎太郎元都知事の顔が全然見えないが、弱きは挫くが強きは黙っているテレビ特有の性格が透けて見える。そもそも、汚染土地を購入しなければ、今日の事態は起きなかった。

 家でもビルでも、設計変更しなければならない場合は、必ず施主と相談するはずだ。当初の案をグレードアップするならいざ知れず、グレードダウンを黙ってするのは、消費者である都民や国民に対する背信である。まして盛り土をしなかった空間に水が溜まっていた。それをテレビに出ている専門家と称する人間は、雨漏りか地下水だという。雨水か地下水か分からないのか? もし我々の新築した家の中に水が溜まっていたら、欠陥住宅だ。こういう場合、施主は必ず家を建てた建築会社にクレームを入れる。しかし、施主である都庁の対応は、何も言わない。建設会社名すら明らかになっていない。

 これは、豊洲移転という大きな利権に、政治家(国会議員、都議)、役人(都庁職員、省庁官僚)、建設会社及び関連企業、入居者(水産・青果関連団体)などのシロアリが群がっている構図である。これはハッキリ言って犯罪だ。何故、捜査機関が動かないのか? 警察は地方公務員で都の傘下にあるから、既に利権者から甘い飴を舐めさせられているかも知れない。ここは国家公務員たる検察の出番だ。でも、ぐずぐずしていると肝心な巨悪や重要な書類は隠されてしまう。

 豊洲問題に加えて、富山市議の税金である政務活動費の横領がゾロゾロ出てきた。これは、富山だけではなく、全ての国会議員から村会議員まで、多かれ少なかれ税金横領している筈だ。絶対一部の議員だけではない。共産党は政務活動費を辞退しているから別にしても、自民党から野党に至るまで徹底的な解明が必要だ。

2016年9月10日 (土)

都庁を巡る悪事、とどまること知らず

 小池東京都知事が就任して1ヵ月が経過した。そろそろ自民党筋から反撃があるのではないかと思っていたら案の定だ。メディアの援護射撃はフジテレビ。代表的なのはグッディ。

 それに昔都庁職員で、現在某大学の教授佐々木某。こんなバカ教授が学生を教えているから、上の指示が無ければ何も出来ないバカ者ばかり生まれてしまうのだ。知事が孤軍奮闘しているのに「都知事から直接指示が無い、聞いていない、逆に知事の方がブラックボックスではないか?」というもの。バカ言っちゃいけない。民間ならば、社長が日頃思っていることや、外部で発言した問題を、副社長始め役員が忖度する。それが分からない役員ならば役員として資格はない。そして、色々具体的方針や計画、または段取り等を社長に提出するのが民間のやり方だ。もし「聞いていない、知らなかった」とするならば、それは取りも直さず役員失格ということだ。都庁には役人から昇格した三人の副知事がいるはずだ。そいつら、高給を貰っていながら何をしていたのか? 築地魚市場移転延期について、悪人面の築地市場協会の伊藤という会長が怒りを爆発させていたが、新市場早期移転は、お前らがボスと談合して勝手に決めた話だから怒っているのだろう。

 NHKの報道によれば、豊洲新市場の土壌汚染対策として、4メートル余りの盛り土をしたと説明していたが、実際には主要な建物が建つ部分には盛り土がされていなかったそうだ。これまでの説明では、約850億円をかけて土壌の入れ替え工事を行なったとウソの説明をしていた訳だ。盛り土をしなかった資金の差額はどこに行ったのか? まさしく犯罪行為である。主要な建物とは、水産卸売りが入る所だ。ところが、豊洲延期を一番大声で反対していたのが築地市場協会の伊藤会長だ。本来ならば、延期に真っ先に賛成して、土壌汚染問題を追及しなければならない立場にあるにも拘らず、あのでかい面で都知事に対し「何だ、あの無責任な言い方は!あれが都の責任者の使う言葉か!」と異常なほどまで大声を上げて文句を言っていた。まさに豊洲への移転延期は、彼らにとって誠に不都合なのだろう。これひとつを見ても森、内田、伊藤ラインが繫がっていることが分かる。

 こればかりではない。膨大な資金に群がるシロアリは、政治家、都庁職員、建設関連企業などと結託し、色々な利権、金儲けに走っているに違いない。彼らは、都民を騙すことなど容易いことだと思っているだろうが、我々はバカではない。多くの都民は、大きな声は上げないが、心の中では誰もが分かっていることだ。まずは、次回の都議会選挙で詐欺師的議員を落選させよう。そういえば、ワイドショーに出ていたチンピラ都議会議員が言っていた。「悪いことをしているのは、ほんの一握りの人間で、多くの議員は真面目にやっている」と。バカ言っては困る。もし少人数ならば、悪事はすぐバレる。ほぼ全員やっているから、なかなか表には出てこなかったのだ。東京都庁は50年位前から伏魔殿と呼ばれている。この都庁を改革するには、いちいち部下や利権関係者と相談して決める訳がない。今まで利権を漁っていた連中は、ある特定の人たちと計って決めていたのだろう。もし、改革方針を周りと相談すると思っていたのであれば、余程間抜けな連中だ。もし、そうであれば改革なんて出来ないし、元の木阿弥に帰する。

 われわれ都民は、莫大な建築費や安全性について、おかしなやり取りがあったことなど、小池都知事になったから明らかになった訳で、増田や鳥越が当選していたら、ここまで暗部が明らかになることはなかっただろう。以前にも書いたが、私は都知事に小池百合子に投票はしなかったが、291万票の得票された小池都知事は存分に辣腕を振るって欲しい。

2016年8月24日 (水)

リオ五輪に学べ!

 昔は、選挙があると自民党に投票していたが、最近は無党派に仲間入りした。理由は、小選挙区比例代表並立制。総選挙を1~2回経験した頃「どうもこの制度はうさん臭いぞ。自分の選びたい人ではなく、政党に押し付けられた候補者しか投票出来ないし、選挙区で落選しても比例で復活出来るなんて」と有権者には矛盾だらけの制度で、自民党に騙されてしまったからだ。以来、無党派のひとりになった。

 リオ五輪が開かれる前は「果たして無事に開催出来るだろうか?」との報道が多かったが、若干の問題点があったものの、超低予算で開会式から閉会式まで立派に成し遂げた。ブラジルに出来たものが、日本では出来ないのか? もし出来ないのであれば、世界中の笑い者になる。立派に出来ると報道したメディアは皆無で、全く調査不足だったことは否めない。こんな‟右へ倣え式”のメディアに頼っている日本国民は文句も言えず黙っている他ないのだろうか?

 日本に五輪を招致する理由のひとつに、低予算で行なうはずだった。東京に決まった途端、予算が数倍になるとは全く解せない。物価上昇は理由にならぬ。人件費高騰も世の中の人件費が数倍に上昇したという話は聞かぬ。国民をそこまでバカにするな! リオに学ぶことは多いはずだ。もし分からなければ、リオに教えを乞うたらよい。ヤフー・ニュースで「リオ五輪閉会式でのマリオは、森喜朗東京五輪組織委員会会長のアイデア」と報じていた。老害・森喜朗の処世術ここに見たりの想いだ。その記事の中で、ひとつ気になった点がある。同委員会の事務総長に武藤敏郎の名があったことだ。事務総長とは国連でもあるまいし、大袈裟すぎる。彼は大蔵省(現財務省)官房長時代、あの悪名高い‟ノーパンしゃぶしゃぶ事件”で監督責任を問われて更迭されたが、いつの間にか事務次官まで昇りつめた男だ。森政権時代も事務次官を務め、森喜朗以上に処世術に長けた男なのだろう。ここに政官協力体制が出来上がる。さらに、この東京五輪には、あの都議会のドンと言われた男・自民党元幹事長の内田茂が加わる。これは、都民から見れば完全な癒着に他ならない。我々の知らないところで、深く静かに政官が手を握っていたら…。メディアは、東京都が負担する資金を話題にしているが、国費で賄ったとしても、殆どが税金であることを忘れてはならない。もし、こんなオリンピックならば返上した方がいい。リオ五輪を学ぶと、都合の悪い連中が蠢(ウゴメ)いているのだろう。東京五輪組織委員会は問題山積だ。

 以前の自民党は、色々な考え方の人たちが混在し、しかも活発な議論をしていたように記憶している。懐が広く深い感じだった。ところが最近の自民党は、恰も中国や北朝鮮のように議論すら出来ないようだ。わが国を主導する安倍晋三に対して反対論を展開しようものなら、すぐさま干されてしまう。最近の自民党は右傾化が著しい。国民の多くは、極端な右傾化を望んでいないはずだ。ヘッドラインしか見ていないが、山崎拓元自民党副総裁がいみじくも言っていた。「いまの自民党は、サル山のサルと同じだ」と。重大な岐路に立っている今、我々も外国人から「サル山のサル」と言われないようにしよう。

2016年8月17日 (水)

陛下の御心、首相の心

 戦後71回目の8月15日を迎えた。敗戦記念日である。一般的には終戦記念日と言っているが、日本は戦争に敗けたのだから終戦ではなく敗戦である。終戦というのは、戦勝国が使う言葉だろう。官僚が好む曖昧言葉で、マスメディアの官僚に対する追従である。いつもそうだ。メディアは、戦前、戦中、戦後とも官僚や政治家や軍部の言いなりで、存在意義である批判精神など皆無である。

 先日も、たまたまテレビのチャンネルを回していたら、非常に興味深い番組を放映していた。テレビ朝日で‟太平洋戦争最後の作戦、緑十字機決死の飛行‼”との題材だった。全部を見た訳ではないが、敗戦直前に日本軍厚木航空隊が、太平洋戦争徹底抗戦を唱えて反乱を起こした。政府のボッタム宣言受諾のため、マニラにいるマッカーサー連合軍司令長官に高官を派遣する際に起きた事件である。連合軍の指示により、機体を白く塗り、日の丸の代わりに緑十字を記して沖縄の伊江島まで飛び、そこで米軍の飛行機に乗換え、帰りに静岡県の天竜川付近の海岸に不時着しながらも、無事に使命を果たしたという話だ。

 非常に興味深い番組だったが、1935年(昭和20年)生まれの私も初めて聞く話であり、なぜこれまで報道しなかったのか、他のメディアが報道しないのか、あるいは出来なかったのか分からない。なぜ太平洋戦争、大東亜戦争と二つの名前があるのか? 戦争を始めた理由、戦前・戦中の出来事、敗戦処理等々について、ドイツのように総括がないし、報道もない。戦後、官僚と政治家によって封印されてしまった。国民の知る権利も捨て去られている。知らないから、国民が勝手に事実とは異なる解釈・理解をしても文句も言えない。

 1945年(昭和20年)の敗戦時に生まれた人でも今年で満71才。戦争すら知らない人がほとんどである。官僚も政治家も学者でさえも、戦後に生まれた人間ばかりで、戦争を知らない連中が、勝手に自分の都合のいいように解釈していると言っても過言ではない。こうした歴史認識がバラバラの中で、全国戦没者追悼式で天皇陛下が述べられたお言葉は「過去を顧み、深い反省とともに、今後、戦争の惨禍が再び繰り返さないこと切に願う」と述べられた。戦前・戦中のことをよくご存じだからだ。対して安倍首相は反省には言及しなかったようだ。安倍晋三は戦後生まれで、太平洋戦争については、岸信介元首相から聞かされているはずだが、岸元首相は無罪にはなったがA級戦犯に列せられた人間で、どれだけ真実のことが伝わっているか極めて疑問である。天皇陛下が2年続けて反省の弁を述べられたのも、政府を代表する人間が、極めて不遜な態度をとるのが許せなかったのでは、と拝察する。首相たるもの、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴である天皇陛下の御心を忖度出来ないようでは悲しくなる。

 

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